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好きですけど、なにか?

常になにかのヲタでいたい。今はジャニヲタです。

A.B.C-Z LOVE!!!!!

A.B.C-Zデビュー5周年おめでとう‼︎‼︎!

下積みが長くて苦労人と呼ばれるA.B.C-Z
たぶん誰よりもステージで輝くことの楽しさと辛さを味わってきたんだと思う。
若い時だからこそ、若さゆえに簡単に投げることも諦めることも出来ただろうに、腐らず曲がらずにここまできた。
だからA.B.C-Zは、5人は尊い。


わたしはA.B.C-Zの何に惹かれたんだろう?
歌か?踊りか?アクロバットか?
もちろんそれらも要素としてあったけど、おそらくは人間的な興味だ。
ひとりの人間として、タレントとして、エンターテイナーとしての人間臭さに惹かれたんだ。

A.B.C-Zには天才も秀才もいない。
だけど好きと努力と根性と優しさは誰にも負けない人たちが集まったグループだ。
そんなグループの作るものを見て、こっちが幸せにならないわけないでしょうよ!!!!!

それだけでこっちは十分なんだよ。
楽しいと思える時間を与えてくれるだけで、アイドル/エンターテイナーとしては及第点なんだよ。
でもそこに畳み掛けるように度々感謝を伝えてくれる。

ありがとうと言いたいのはこっちです!!!!!


わたしがありがとうと言いたいのはA.B.C-Z本人たちだけじゃない。
ジュニアの頃からA.B.C-Zの彼らを応援してきたファンの先輩方もだ。
この人達がいなければA.B.C-Zは?メンバーは?
少しずつ、少しずつ、いろんなズレが生じて、この日を迎えられていたかどうかわからない。

長い下積み時代から支えてきたファンの皆さま、本当にありがとうございます。
そしておめでとうございます!!!!!


いつかこの瞬間を体感できたこと、誇らしく思う日が必ず来るだろうって信じています。
その日まで、その先も、どうかあなた方と一緒に走らせてください。

A.B.C-Zに関わった皆さま、5周年本当におめでとうございます!!!!!
6年目スタートだ!!!!!

 

「ジャニーズと日本」を読んでSMAPと嵐とA.B.C-Zを思う

矢野利裕「ジャニーズと日本」を読みました。
ジャニーズグループを応援する身としてはとても興味深い内容。これまでもいろいろ読んできたけど、ジャニーズの"文化"としての側面や、ジャニーズ音楽のバックグラウンドも知ることが出来た。
以下雑多な感想です。

わたしは今、嵐とA.B.C-Zのファンクラブに入っていて、他にはTOKIOが好き。で、今は特に5周年で新曲発売を控えたA.B.C-Zが関心対象ナンバーワンなわけだけど、A.B.C-ZにはジャニーズのDNAや歴史が存分に注がれているな、と感じた。たぶんジャニーズグループの中でもジャニーさんに近しい存在だからだろうな。

ちょうどこれを読む前に「花言葉」通常盤収録の2015年ABC座のショー部分を見た。
わたしはABC座を生で見たことがない。でも1幕お芝居、2幕ショーって、これまんま宝塚と同じ構成じゃん!って今更気付いた。
矢野さんも言及しているけど、ジャニーズと宝塚は類似点が多いし、ジャニーさんが目指すものには宝塚のシステムに近いものがある。
ABC座=宝塚。

さらには少年隊の存在。
A.B.C-Zは少年隊(特に錦織さん?)との接点が非常に多い。
ジャニーズの中でいう少年隊は、パフォーマンスレベルの高さやその志向性からして、ジャニーズ事務所の最高傑作と言えるグループだと思う。
その少年隊が掲げるものを引き継いでいるのがA.B.C-Z

それからSMAP
SMAPがジャニーズにもたらした功績の一つはバラエティへの本格進出とそれに伴う芸人的要素。
DVDにてコントを披露、バラエティも深夜のテレ東、アイドルとしてはだいぶアウトなことにチャレンジさせられているA.B.C-Zを思わずにはいられない。

そして何よりも、初代ジャニーズが歌うはずだった「Never My Love」が持ち歌であること。
ジャニーさんのA.B.C-Zに対する信頼と期待をうかがい知れます。


A.B.C-Zの話はこれくらいとして、ちょっとSMAPについても考えてみたい。
昨年末に買った「Clip!Smap!」でSMAPのMVに触れて思ったことがある。それはロケでの撮影が多いこと。ダイナマイトはトラックの荷台に乗っているし、弾丸ファイターでは一般の人が振り返る中、ガンガン街中を歩く。
ここで嵐10周年の際に発売されたMV集を思い返す。外での撮影はあっても、少なくとも一般人が生活する場所・行き交う場所での撮影は無かったように思う。

SMAPが纏う空気はカジュアルで日常的で、ジャニーズが目指すファンタジーで非日常的なものとは相反する。
だから誰もがSMAPをジャニーズらしくないグループと形容する。
この本ではSMAPの音楽面でも、そういう傾向にあることを教えてくれた。

MVを見て率直に思ったのは、わたしは「街中にいるSMAP」が好きだということだ。
理由はよくわからない。でも矢野さんが指摘するSMAPが纏っていた空気、カジュアルで自由で…っていうその空気が作用していることは、間違いがない。
溶け込めているようで異質、でもわたしたちの日常に彼らが根付いている感覚を与えてくれるっていう、なんともいえない存在感を感じた。


あと嵐。
本の中で嵐の楽曲には攻めの姿勢が見られること、その姿勢に対応するためにファンは音楽のリテラシーを上げなくてはならない、ということが言及されている。
矢野さんは「THE DIGITALIAN」にその傾向が見られると指摘している。

マジか!
わたしはここ数年のアルバムの中で一番苦手なのがデジタリアンなのに!
(相葉ソロの秀作Disco Starがあるけども!)
ダメだ、嵐の音楽についていける自信がない!笑

まぁでも"攻めた"という表現からして、最大公約数的な良さより、革新性や挑戦的な趣旨の元で作り出されたアルバムだったと思うので、その路線を突き進むというより、がっつり取り組むことで嵐らしさの幅を広げる作業の一つだったのかな、って思っている。(と、思いたい)


話題が二転三転するけど、最後にもう一度A.B.C-Z。若手グループの分析の中で、Shower GateがSMAPらしい洗練された楽曲として紹介されている。
おいおいマジかよ!
確かにShower Gateはいい曲だけど、そこまで言っていいんですかありがとうございます!って感じ笑
しかし背負いすぎだ、A.B.C-Z
そこがめちゃくちゃカッコいいけどね!

と、こんなわけで楽しく読めた「ジャニーズと日本」
やっぱりジャニーズは面白い。

それでも技巧派アイドル A.B.C-Z が好き 

A.B.C-Z Star Line Travel Concert」

A.B.C-Zのアーティストとしての順応性の高さを楽しめる作品でした。
アイドルとして王道のキャッチーで明るいものから、バラード、ロックなナンバーまで表現するスキルの高さは、伊達に長く下積みやってないな、と感じさせられます。
バラード楽曲の「EVERLASTING LOVE」や「世界一」、「渚のBack In Your Heart」などの落ち着いた曲を聴くと、なかなかソロで歌声を聞く機会がない五関くんのファルセットや塚ちゃんの低音が優しくて、グループとしての深みがすごく増して、新たな魅力に気付くことができました。
クロバットだけじゃないよ、ってことで。


A.B.C-Zの楽曲って歌謡曲や80~90年代のJポップスっぽくて好きなんです。
ジャニーズの各グループにはそれぞれ特色があるけど、わたしがA.B.C-Zを押すとしたらここです。
「Secret Lover」や「砂のグラス」とか。
A.B.C-Zの5人の声質のアイドルっぽさと大人っぽさが絶妙なんですよ。
特にセンターのはっしーの歌声が誰よりも大人っぽいっていう点が、若手のグループでもこうした楽曲を歌えるというA.B.C-Zの大きな武器になっているのではと思います。*1


もちろん楽曲だけでなく、ダンスやトランポリンを使ったアクロバットなどは言わずもがな。
前半のダンスコーナーと終盤の「Fly a Flag」では振付を屋良くんが担当しており、ガシガシ踊ってます。
A.B.C-Zってメンバーそれぞれ体型が違うのに、クセみたいなものもないし、誰かが悪目立ちするようなことがないんですよね。踊れるってだけじゃなく、揃えられるってことは巧いってことなんだろうなぁ。


これだけ技術あるグループが売れてないのは、非常にもったいないな…と常々思います。
まぁどちらかというと技巧派なので、アイドルらしいキラキラ要素に欠けるのかもしれません。
それもいいじゃない!と思いますけど、それでは商業的な売りには繋がらないんですよね…難しいところです。

*1:はっしーに関していえば、歌うとあんなに大人っぽいのに、コンサートでは純真な部分も随所に見せてくれて、それが本当に可愛い…ダブルアンコールの「Shower Gate」ではとびっきりのスマイルが見れます。破顔とはまさにこのこと。

A.B.C-Zについて思うこと

もうすぐクリスマスですが、もしもサンタさんに欲しいものをお願いできるとしたら、「A.B.C-Zを魅力的に語ることができる知識とスキルが欲しい」とお願いしたいクリスマスイブイブを過ごしています。

先日「A.B.C-Z Star Line Travel Concert」が発売されました。
この感想は後程書き記すとして、Twitter上でいろんな方の感想を、と検索かけたものの、なかなか引っかからない。引っかかっても「カッコよかった!」「楽しかった!」みたいな感想が多い。

それらは別に何も間違っていないんだけど、個人的にはもっと深い感想や考察が欲しかったんですよね。

わたしはこれまでいくつかのジャンルでヲタ的なことをしてきました。
数年前にジャニーズっていう世界にお邪魔したとき、ジャニーズアイドルもさることながら、ジャニヲタって面白いって思ったんです。
対象に対する愛の重さや深さを、時に面白おかしく、時に真面目に語ることができる人がいっぱいいるんだなーという印象が強い。
直接的な関係はないかもしれないけど、肖像権に厳しいジャニーズの世界だからこそ、いかに言葉だけで魅力的に物事を伝えるかっていう力が必要だから、ファンは語彙力や言葉のセンスが優れているのかも、と思ったことがあります。

今のA.B.C-Zにはこうした語り手が少ないのでは?と思うのです。
(わたしが見つけられていないだけなのかもしれませんが)

A.B.C-Zは来年デビュー5周年。
橋本くんを除いて、みんな30代になります。
下積みが長くて、遅咲き。ファンクラブも今年になってやっとできました。
そしてジャニーズWESTのついでだの、会員数が全然違うだの言われる始末。

でも彼らはジャニーズ事務所の王道を進んでいるグループだと、わたしは思います。
だって「Never My Love」を歌っているんだもの!
舞台経験が豊富で、歌もダンスもそつなくこなせる。
体を張ったバラエティもできる。

あーもったいない!グループのポテンシャルは高いのに!
もちろん改善したほうがいいだろうな…という点はあるけども!
でもなぜ売れないのかA.B.C-Zは!!

永遠の新規が何を言ってもしょうがないのですが、ともかくA.B.C-Zはその行く末をとことん追求したいと思わせるグループなので、そんなグループがもっと多くの人から評価されるよう、一ファンとしてできることはやっていきたいと思う次第です。

NHK紅白歌合戦白組司会決定について1人の相葉ファンが思うこと

朝スポーツ紙の報道をネットで見たときは「ガセかな」と思っていました。
でもその日のうちにNHKでも報道があり、公式に発表がなされました。

正直なところ、「紅白司会はもうやらなくていい」と感じていました。というのも紅白司会をやってしまうと、カウコンへの生出演がほぼ無くなります。昨年司会の井ノ原さんはV6としてVTR出演でした。おそらく今年の嵐もそうなると思われます。

カウコンはジャニーズの多くのグループが出演する年に一度の大きなイベントです。昨年は嵐が司会をしており、初夢2ショットコーナーなど、本当に見ていて楽しいものでした。それと同時にジャニーズの一員としての嵐が見られる貴重な機会だと思います。そんなイベントに生出演することができないのだから、これほど残念なことはありません!

…といった理由でわたしは紅白<カウコンだったので、朝の報道では「ガセ」だと思いましたし、率直な感想として「やらなくていい」と思っていたわけです。

 

なぜ相葉さんが司会として抜擢されたのか、考えてみました。

今年の紅白歌合戦のテーマは「夢を歌おう」とのこと。

東京オリンピックパラリンピックが開催される2020年に向かって、
多くの方々が夢や希望を持ち、歩み始めることと思います。
紅白歌合戦」では、「歌の力」で皆さんの夢を応援したいと考え、
今年の「第67回紅白歌合戦」から、オリンピックイヤーを目前にした2019年の「第70回紅白歌合戦」までの4年間、この「夢を歌おう」を、テーマに掲げ、様々な世代の方々の夢を「歌の力」で応援していきたいと考えています。

テーマ|第67回NHK紅白歌合戦 夢を歌おう

そして起用理由としてはこんな報道があります。

リオデジャネイロオリンピックパラリンピックで沸いた2016年をしめくくる紅白歌合戦では『グッと!スポーツ』で培ったスポーツの知識と親しみやすい進行で、リーダーシップを発揮していただきたい

嵐・相葉雅紀&有村架純「紅白歌合戦」司会起用の理由は? - モデルプレス

NHKとして2020年の東京オリンピックを見据えたテーマを掲げた紅白歌合戦。リオや東京オリンピックで活躍が期待されるスポーツ選手を多く取り上げたスポーツ番組のメインMCを務めているので、その貢献度を考えれば相葉さんが選ばれてもおかしくはない。さらに好感度なども加味すれば、嵐のなかでも相葉さんはとにかく強い。司会を打診されるだけの実績はちゃんと持ってるんですよね。

逆に2010年から2014年までの嵐の司会抜擢は、どちらかという人気や話題性にベクトルを向けた人選だったのではないかと思います。もちろん貢献度がなかったと言うつもりはないですが、当時嵐に対して興味がなかった自分からすれば、「人気者を使ってみました」感が濃く出た人選だと感じていたような気がします。

 

今回の司会決定により相葉さんは、中居さん、井ノ原さんに次いで3人目のジャニーズ所属の単独司会者となります。

…こう書くと改めてNHKの相葉さんに対する信頼や期待が伺えますね!

だって中居さん、井ノ原さんと並んで、司会を任せてもOKとNHKが判断したってことになるんですよこれは!MCスキルだけでいえば確かに力は劣っているかもしれないけど、それでもここに並べるっていうのは単純に人気だけじゃない、ってことだと思います。(MCスキルのことを考えたら相葉さん1人じゃなく嵐を持ってくるでしょうし)

 

実績から相葉さんが司会者として選ばれたことは、とても素晴らしいことだと思います。相葉さんにとっても今までにないくらい大きな個人のお仕事です。そんな大きな舞台で活躍できる相葉さんを見れるのは単純に嬉しい。ファン冥利に尽きます。

だけど、やっぱり、カウコンが見たい!と思ってしまうダメなファン!(はい!)

ですが相葉さんのコメントを読んだら、なんかもうそんなことどうでもいい!やっぱり相葉さん素敵だ!と思えるほど、相葉さんらしさあふれるコメントでした。

そんなコメントがこちら。

こんな大役を僕一人がお引き受けできる立場ではないと思い、本当に悩みました…。
でもこの先、僕の人生でこんな有難いお話は一生いただけないと思います。毎年年末に「あの時にお受けすればよかった…」と後悔するよりチャレンジさせていただきたいと決断しました。
今の僕には、ただただ全力で頑張ることしかできませんが、出場歌手の皆さまに気持ちよく歌っていただけるよう精一杯努めますので、どうか皆様よろしくお願い致します。

司会者|第67回NHK紅白歌合戦

 自分の実力を考えたうえで、悩みに悩んだこと。

「やらなかったことを後悔したくない」という未来の自分への思い。

相葉雅紀という人間の強さ、弱さ、優しさなど素敵なところがぎゅっと詰まったコメントだと思います。

このコメント読んだら「やらなくていい」なんて言えない!

巷ではいろいろ言われています。相葉さんが悩んだのもきっとそういう声があることをわかっていたんでしょう。でもそれに立ち向かい、自分が後悔しないほうを選び、頑張ると決められる。そしてその成功のためにたくさんの努力をできる人なんです、相葉雅紀という人間は。

だからこそ司会を任されるまでの存在になったのだと思います。本当にすごい人だ、相葉さんは。

2016年12月31日は相葉雅紀にとって特別な日になることは間違いありません。そしておそらく今までにないくらい素敵な姿の相葉さんを見ることができるような気がします。あーなんかワクワクしてきた…!

 

あ、もちろんカウコンも楽しみです!今年もコーナー企画、期待してます!

「ヒール」としてのSMAP

SMAPはジャニーズの中で「ヒール」(悪役)としての一面も持っていた。
そんな一面がある彼らがグループとしていなくなってしまうのは惜しいし、なんだかつまらない気がする。

報道やネットなどで様々な意見に触れて、わたしが思うことです。

ここで「ヒール」という言葉を使ってSMAPを悪く言うつもりは全くありません。ジャニーズ一時代の礎になったSMAPが落とした影。これを「ヒール」としてのSMAPだと思っています。

ちなみにヒール(Heel)=悪役というのはあまり一般的ではないようです。一般的に悪役という意味合いで使われるのはヴィラン(Villain)。ヒールはプロレスでよく使われる言葉らしいので、役割としての悪役に近いこちらを使わせてもらいます。

ヒール (プロレス) - Wikipedia

 

SMAPはジャニーズ要素を極力除いて売り出し、成功したグループだと言われることがあります。
そうした戦略のせいかなんなのか、後輩グループのTOKIO、V6はSMAPの活躍の裏で大変な思いをしていたとか。(ファンの方と思われるツイートから)
だからSMAP、というかSMAPマネージャーの飯島さんの評価は、SMAPファンとTOKIOやV6ファンでは大きく異なるそう。

しかしこうした一面こそがヒールとしてのSMAPだったわけで、SMAPに負けまいとTOKIOやV6が悩みながら努力を続けた結果が、現在のグループのイメージや仕事に繋がっているのではないかと思うのです。

では嵐との関係を考えてみます。
(KinKi KidsSMAPのバックダンサーを務めていたこともあって、ここでの関係性にはヒールとしてのSMAPはあまり見られないのかな、と思うので飛ばします。)
SMAPと嵐の関係、ここでは中居さんと嵐のうたばんでの「下剋上コント」を挙げます。

あれ、今見ても面白いですよね。
もちろん中居さんと嵐、貴さんのスキルもあるのですが、何より先輩にああやってイジられる嵐はこの絡みでしか見られない。
TOKIOやV6ももちろん嵐をイジってくれるんですが、学生時代の3年生と1年生のような「先輩に懐く後輩」図がとても微笑ましい。先輩も後輩を可愛がっている感じがよく出ている。SMAPを越えて東山さんやマッチさんまでいくと、失礼が無いように気を遣いすぎてしまっているような印象を受けます。では中居さんのイジリではどうか。わたしは学年が1、2代ずれたOB生と現役生のような関係性に見えます。どちらにもある程度の距離が感じられますが、気を遣いすぎるなんてこともない。それゆえ「下剋上」と呼ばれる緊張感がありながら、その関係性を面白おかしくイジれる絶妙なコントが生み出されているように思います。

ここで中居さんは「嵐に説教する先輩」という役割を担っていますが、これもある意味で「ヒール」だなと思うのです。


売り方の戦略にせよ、バラエティでの面白さを追求したにせよ、SMAPは「ヒール」としての振る舞いが似合う、稀なグループだったと思います。もちろんヒーローとしてもですが。
一番高いところの景色を見たグループだからこそ、そういった役割が担えたのではないでしょうか。

「ヒール」が強くないと面白くないですからね。

アイドルに愚痴を吐く、ということ

最近Twitterで愚痴垢というものを見かけます。
表垢と呼ばれるメインのアカウントでは、フォロワーなどの反応を考慮して呟けない、ネガティブな内容を呟くために新たに作られていることが多いアカウントのことです。

わたしは人のそういう黒い部分を見ると、人間臭さがあっていいなぁ、と思うことがあるので、時間がある時はそういった呟きを好んで見ることがあります。
中にはもちろん、罵詈雑言も多くて、見るに堪えないものもありますが。

現在熱をもって応援している嵐についても、愚痴垢が存在しています。
その存在を知ったときは正直驚きました。
これだけ様々な媒体で活躍し、日々彼らの仕事ぶりを見て、元気をもらうことができているのに、愚痴を吐くことなんてあるのか、と。
個人的な印象でしかありませんが、愚痴の種類として一番多く見受けられるのが、メンバーの熱愛報道について。次にJaponismコンサートでのファンサ問題。ほかコンサートにおける言動に対する不満などなど。

あれだけの規模のFCのことを考えれば、さまざまなファンがいて、いろいろ思うことがあっても当然だな、と思います。
中身を見れば「あぁ、なるほど」と頷ける指摘をされている方もいます。
一概に愚痴垢のすべてを悪とみなすことはできないとは思いますが、そもそもなぜ愚痴を吐かねばならないのでしょうか。

自分なりにその答えを探すべく、香月孝史さんが書かれた「アイドル」の読み方という書籍を読みました。感想については以前記事をアップしていますので、気になる方がいらっしゃればそちらをご覧ください。
重ねてになりますが、こちらの書籍では女性アイドルについて書かれていますので、男性アイドルについてはほぼ言及されていません。ですが、「アイドル」とは何か、を知る上では大変参考になる内容でしたので、ここでの内容を元にして以降自分の考えを述べたいと思います。


「アイドル」という言葉は、本当にたくさんの意味を含んでいます。本の中では3つに分類されているので、それに則って考えていきます。
①「偶像」という辞書的な意味のアイドル。
②「魅力」が「実力」に勝るものとしてのアイドル。
③ジャンルとしてのアイドル。

すごく簡単に言ってしまうと、愚痴を吐くアイドルファンは、アイドルを②もしくは③として捉えているのではないかと思うのです。

なぜなら「idol」という「偶像」や「崇拝」の対象となるものに対して、愚痴を吐くことは、まずありえないからです。
例えば神様や仏様を大切にする人がそこに向かって「クソ野郎」なんてどう考えても言わないでしょう。
つまりそういったものに対して愚痴を吐かねばならない状況って、それはもう信奉者としての視点や役割を失っているのでは、と思うわけです。

辞書的な意味合いをもって「アイドル」を解釈した場合、アイドルに対して愚痴を吐く人は、アイドルを偶像視・崇拝する対象として捉えていない、ということになるのではないでしょうか。

逆の視点からも見てみます。
例えば②「魅力」が「実力」に勝るものとしてアイドルを解釈した場合。何を魅力に感じるかは人それぞれですが、その魅力が何らかによって損なわれた場合、アイドルとしての存在はどうなるでしょうか。魅力=容姿と考えれば、老いなどによる容姿の変化を受け入れられなくなった場合、「わたしは彼の容姿に惹かれていたんだ」と解釈ができます。

それから③ジャンルとしてのアイドル。この場合、アイドルは恋愛禁止、という方程式が暗黙のルールとして受け入れられているように思います。ルールとまではいかなくても、せめてプライベートの恋愛事情は隠してほしい、というように、ファンにとってアイドルの恋愛はできれば見たくないもの、という空気があります。これはアイドルというジャンルに限ったことではありませんが、アイドルは疑似恋愛体験の対象として扱われることが多くあります。


なぜアイドルに対して愚痴が出てしまうのか。
それはわたしの好きなアイドルが、アイドル像から、離れてしまっているから。
多様な解釈を可能にしてしまう「アイドル」という括りのせいで、個々人が抱く「アイドル像」は上述するようにバラバラ、かつその中でも濃淡があり、それゆえアイドルに対する期待も違う。
だから愚痴を吐くファンがいるのも、お花畑と呼ばれるファンがいるのも、それ自体はごく自然なことなのだと感じました。ただし度を超えた愚痴、誹謗中傷レベルのものについては、看過できるものではないと思っています。それはそれで①スタンスの過激派に近いような気もしますので、アイドルを応援するって結構難しいことなのかもしれません。


ざっくりとアイドルに対して愚痴を吐くことについて、まとめてみましたが、ここからは嵐に対して向けられている愚痴の内容について、ちょっと自分なりの感想をまとめておきたいと思います。
ちなみにですが、わたしは①寄りの考えでアイドルを見ていることが多いので、嵐が提供する様々なものをありがたく受け取りますが、その中でも取捨選択はしているので、お花畑として見られても、茶の間ファンとして見られても、おかしくない立場であると思ってます。

まず恋愛に関する報道ですね。
はっきり言って張本人のお二人には、アイドルというより、仕事をしている社会人として残念だなぁという感想を持ってしまいました。表舞台(テレビやコンサート)ではもちろんきちっと仕事をなさっているように見て取れるんですが、あなたの仕事はそれだけじゃなかったんだよ、と言いたくなってしまいます。仕事にプライベートを挟まないこと、周囲の人間にも自分の立場を理解してもらい、その上での行動を促すこと。これを努力義務とするのか、仕事とするのか、そこは個人の判断ですが、残念ながらお二人にはそういった考えがなかったのだろうと思います。
加えてお相手とされるそれぞれの女性のほうも、ほかの女性から見て叩かれる要素を持ったタイプだったというのも、大きいでしょうか。

すごく雑な感想で申し訳ないですけど、メンバー二人ともが恋愛が仕事の出来不出来に直結するタイプなんですね。彼女が出来たことで感性が働き、創作意欲が沸いてくる。ファンにとって、お二人の才能やセンスに触れる瞬間が、最も嫌な出来事を思い出す瞬間になってしまったことは、残念で仕方ありません。


次にファンサ問題。
嵐さん、何やってんですか!と言いたい。
①寄りのファンのくせにそれは言うのかよ、と思われても仕方ないですが、これは少々残念です。拝めるだけでもありがたいというのは本当にその通りなんですけど、配慮に欠けた行動のように思います。まぁ、嵐の皆さんも人の子なので、自分たちになついてくれている人が見に来てくれていたら、ついつい気合入っちゃうのかもしれません。今のところそういう話はこれしか聞いていないですが、たった1回の出来事をこんな風に問題にされるとは正直想定していなかったのではないかと思います。ただ周りにも同じだけ、それ以上の想いを持った人たちがいたのだから、ねぇ・・・
耳の痛い話になってしまうかもしれませんが、ファン心理も気に留めておいてほしいところです。


最後にコンサートなどでの言動について。
これは上述した2つのことと重ねて語られることが多いように思います。昨今の嵐のファンに対する態度に水面下で不満を感じる人が多くいて、それが上2つの問題とも重なって一気に爆発した!といった感じでしょうか。
わたし自身は①スタンスのため、ライブ行けなくてもFC会費やCD・DVDを買うのはお布施、お客さんと呼ばれても呼称にこだわったことがないので気になりません。
ですが年数や入れ込み具合で嵐に対する感情は人それぞれです。「長年応援してきたのに・・・」「これだけ好きなのに・・・」という思いから、今の嵐が自分にとって不誠実に見えてしまうのは仕方ありません。
じゃあ簡単に切り離せるかというと、そうではない。費やしてきた想いや時間やお金や、たくさんのものを手放すことは簡単ではないですしね。
ここは自分のアイドルに対するスタンスを明確にしておくことで、少しは緩衝されるような気がします。

個人的な話になりますが、表現や芸能の場で舞台に立つ本人が「ファンのおかげ」などと公言することがありますが、あれ、あまり好きになれないんですよね。
確かに応援してくれることで活動が続けられているという面もあるかと思いますが、何よりもその本人が「やりたいと思うことをやり続けた結果」が全てなんじゃないかなぁと思うんです。
卵が先か鶏が先か、みたいな話になってしまいますが、アイドルとファンの関係性は相互依存しつつも、元をたどればアイドルがアイドルを選択したこと・選び続けたことが全ての始まりです。

まぁたとえ本人がそう思っていても表立ってそんなこと言えませんけどね。だけど何から何までファンのおかげ、とリップサービスみたいに言うのはちょっと違うんじゃないかと。
ファンとしても相互依存の関係に浸かるのではなく、アイドルの選択に敬意を持つことを忘れてはいけないのでは、と思うのです。




愚痴垢を見ながら、わたしは改めてアイドルの尊さを実感しました。
ポジティブな眼差しも、ネガティブな眼差しもあるなかで、いつでも輝いていなければならない存在として、人前に立つことを求められているのです。

これを尊いと言わずしてなんと言うべきか。

愚痴を吐くことはスタンスの違いだとしても、その裏での努力を理解した上で前向きに応援していきたいものです。