好きですけど、なにか?

常になにかのヲタでいたい。今はジャニヲタです。

人生で初めてアイドルのコンサートに行った話~冷静編~

2016/8/6(土)ARASHI "Japonism Show" in Arena に参戦してきました。表題通り、人生で初めてのアイドルのコンサート。ジャニヲタ歴の浅い自分にとっては目に入るすべてが新鮮に見えました。

とりあえず、あんなにたくさんの女子を見たのは初めてでした・・・

セットリストやMCレポートは、すでにたくさんの方が上げられていることですので、今更ペーペーの自分が書く必要はありません。個人視点でこのショー、今の嵐をどう捉えることができたか、覚書として記していきます。


「ショー」であって、「コンサート」ではない。
一番の大きな感想がそれです。

歌って踊って喋って、というすでに繰り返し見てきたライブDVDと変わらぬことが目の前で行われていましたが、嵐のメンバーひとりひとりがショーの担い手としてコーナーを持ち、魅せることに特化したような演出でした。これは肉眼で捉えやすく、反応がダイレクトに伝わる、アリーナサイズでできることの大きな利点だと感じました。

そのせいか思ったよりもファンを煽るような、テンションを上げるような曲が少なかったという印象があります。加えて、ファンがあまりノってこない。いわゆるジャニヲタと呼ばれる類の人たちって、もっとワーキャーするのかな、と勝手に思っていましたが、あまり拍手や歓声が上がらなかったんですよね。会場のエムウェーブは天井が高くて音が抜けてしまうのか、また暑すぎてそれどころじゃなかったのかもしれません。


ショーのテーマは、Japonismとならんで「原点回帰」、そして「今をどう生きる」。
「原点回帰」はわかりやすいですが、「今をどう生きる」なんてメッセージ性がとても強い。解釈も多種多様。なぜそれを投げかけてきたのか、わたしにはまだ答えが出せません。

でもなんとなく理解できたことがあります。
ラストで歌われた「僕らがつないでいく」(Japonism収録)という曲。

今があるのも、すべては回帰できる原点があるから、ということ。
そしてその原点から様々な人の努力によって、今に繋がっているということ。
それをさらに未来に繋げていくには、今を切り取って考えるだけではなく、原点回帰を行い、それらをも含めて繋げる作業が必要だということ。

当初前口上とともにこの曲が歌われたとき、嵐はアイドルのタイトルを獲りに行くことをやめたのではないかと感じました。自分たちは脈々と受け継がれるジャニーズの系譜の一部であると理解し、トップを目指すことよりも、継承者としての役割を担うという意思表示なのではないかと。

しかし曲のタイトルが「僕らが」で始まっていることに、はたと気づかされました。

上述した継承云々のことは、例えば「僕らは」であっても意味は十分通じるかと思います。しかし「僕らが」とすることで、継承作業は率先して僕ら嵐がやっていく、というような前のめりの意気込みを感じ取れないでしょうか。


曲自体は穏やかな曲です。昨年は終戦から70年という節目の年ということもあったので、そういった解釈も可能な曲だと思います。というかそれが本来のメッセージなんだと思います。


でも自分にはそれだけではなく、すでにアイドルとしてタイトルを獲った者の、次なる役割を示した歌にも聞こえてきます。
(嵐がアイドルとしてトップを獲ったかどうか、個人的には100%そうだとは思っていませんが、名実ともに最早そう言わざるをえませんので書いてみました)

まだまだ目指すものがある嵐というグループ、すごいです。


今回のアリーナツアーのパンフレットで翔さんは、個人的な想いとして、あの時のあの公演を取り戻しに行く、と語っています。前進するうえで、気がかりな忘れ物は早めに取り戻しておきたいですしね。

アリーナツアーも本日が終われば、終着点の横浜アリーナを残すのみです。

アリーナで得られたことを、次のドームではどう見せてくれるのか、これからの嵐も楽しみです。